今月、ジョセフ・ピラティスが使っていた、オリジナルの Wunda Chair(ウンダチェア)の一つでセッションを受ける機会をいただきました。
とある4月の日。快晴。ブルックリン。

歴史の“時間の層”って、普段通っている道や建物の中に ひっそりと残っているものですよね。そこにあるんだけど、なかなか気づかなかったり、知らなくて出会わなかったり。でも、時々、気づいたり知ったりすると、豊かな学びがやってきたりする時がある。
世界どこにいてもそういう瞬間はあるのだけど、ピラティスに関してニューヨークはその代表的な街なんだろうと思います。
今回のチェアも、私にとってはそんな体験の一つでした。というよりも、もうちょっと強烈でした。なぜなら、実際にピラティスを生み出した人(ジョセフ・ピラティス or ジョー)が、作って使っていた、オリジナルのチェアだから。
もともとこのチェアは、 マンハッタンの57丁目にあった Henri Bendel デパートの最上階にあったスタジオで使われていたものだそうです。当時、そのデパートの経営を任されていた敏腕ビジネスウーマン Geraldine Stutz が、客層に合いそうだとピラティスを招いてできたスタジオとのこと。時は1965年。(↓📷 Stutzと長年活躍したドアマンとの1枚)
ジョーのスタジオといえば、オリジナル・スタジオとして知られている8番街にあるスタジオが有名ですが、当時の新聞記事によるとこのデパート内のスタジオが「ピラティス初の支店」となっていて、ジョー自身の指揮のもと、マシンが搬入される様子が写真に残っていました。
最上階は他にもヘアサロンなどが入っている、つまり小さめのお部屋が並んでいたところのようで、今でも少しだけ写真や映像が残っていますが、ピラティスのスタジオもとっても小さなお部屋でした。スタジオではジョーが信頼していたという Naja Coriという方が教えていました。
ここからは、私が今回、直接聞いた話なのですが。
ジョーの死後(1967年)も継続していたこのスタジオですが、同じフロアにあったヘアサロンなどがストライキをすることになりました。スタジオは一度、活動を止めることになったのですが、それを見たRomana Kryzanowska (ロマナ・クリザノウスカ)が、スタジオを閉めておくわけにはいかない、と、 当時、Carola Trier (キャロラ・トゥリエ)のスタジオで教えていたKathy Grant (キャシー・グラント)に運営を任せたのだそうです。
この話は、キャシー・グラントの一番弟子で、今回のチェアを所有しているCara Reeser(カラ・リーサー)から直接聞いた話です。彼女が作った、キャシーの歴史を紹介するこのビデオ(短縮版)にも簡単に触れられているので、ぜひ見てみてください。
キャシーは、1970年代から80年代にかけてここで教え、そこからニューヨーク大学(NYU)へと場所を移して、芸術学部ダンス学科の生徒たちにピラティスを教えていきます。その時、彼女がNYUに持って行ったアパレイタスの一つが、私が今回体験したチェアです。
それが今は、ブルックリンにあるカラのホームスタジオにあります。

キャシーは、生前からの強い希望で、すべてのアパレイタスをNYUに寄贈しましたが、このチェアは、カラがスタジオをオープンする際に、キャシーからお祝いとして贈られたものだそうです。
カラは当時はその歴史的な価値に気づかなかった、と笑っていましたが、これだけ経緯がはっきりしていて、個人的な“手渡し”で残っているアパレイタスは珍しい気がします。どうでしょう?


実際にそのチェアに触れてみると。
大切に使われてきたことがすぐわかるし、歴史の重みを感じます。それでいて、あの重くて頑丈な、ザ・ウンダチェアです。
できるだけ当時のままにしているとのことで、表面の合皮を一度貼り替えたけど全く同じ色にした(ちなみに茶色)、アイフックは付け替えたけど、それ以外はそのまま、とのこと。土台は白で、頑丈だけど、私が慣れているGratzのモデルに比べると、丸みが少ないからか、スラっとしているようにも見えます。
普段使っているものとの違いも、すぐにわかりました。 座面は大きい。特に、幅が広いです。 そして、クッションがないので、しっかりとした硬さがあります。どこかで見たと思ったら、Balanced Body社さんのContrologyラインが形およびサイズを継承しているのだそうです。
最初は、少し扱いにくいかなと思いましたが、 そんなことはなくて、普通にウンダチェア。先生が素晴らしいゆえですが、初めて乗ったのに、不思議としっくり来ました。最高に良い意味で、普通にちゃんとチェアでした。
たくさん汗を流しながらのいつも通りのセッションをして、最後に残ったのは、 ああ、これがウンダチェアなんだな、という、妙な納得感。
あと、改めて、その仕組み・作りの単純さに打たれましたね。当時に作られたものが目の前にあると、あぁ、これを構想して、作って、その価値を信じて、教えたんだなと。それが今も残り、さらに時代を超えてもっと多くの人たちを魅了するエクササイズ・メソッドとして広がっているわけで。
ジョーという人の天才をまた、ひしひしと感じた時間でした。
ニューヨークでピラティスを🗽
Http://www.typilatesnyc.com
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